◎東本願寺の飛び地の庭
◎徳川3代家光から与えられた土地
◎建築物のデザインがユニーク
◎旧御土居が通っていた
ゆかりの人物:聖徳太子(創建)石川丈山
創建:江戸時代
東本願寺の別庭園。土地を徳川家光が寄贈
東本願寺から徒歩5分のところに、別庭があり、これが渉成園(しょうせいえん)。
江戸時代の1641年に家光が土地を与え、石川丈山が作庭した。
東本願寺は徳川家康が土地を与えて建てた寺。
詩仙堂を建てた石川丈山が作庭
石川丈山

石川丈山(いしかわじょうざん)は江戸時代の文人。
漢詩人であり、茶人であり、造園家。
1641年59歳の時に、一乗寺村に凹凸窠(おうとつか)を建て、堂内には中国の私人36人の詩と肖像を掲げた。
のちに詩仙堂とよばれる。

1653年、渉成園を造園する。
池泉回遊式庭園
日本庭園で池のことを池泉(ちせん)という。
茶室を池の周りに配置して利用者が巡って楽しむ構成の庭を池泉回遊式庭園という。
庭園内には、池のほか、築山、樹林、芝生など変化にとんだ景観が用意されていて、日本の自然を体験することができる。
また、季節の移り変わりもみどころになる。
ポイント紹介
高石垣から庭園入口まで


まず入口から進むと左右に石垣がたちはだかる。
石垣に沿って細い道を進む。なんのへんてつもなく残念感さえ漂うが。
いざ庭園入口から入園すると。
いきなり別世界がひらける。
目の前に広がるのが印月池。
池には主な島が二つ。
向かって左側が北大島。右側が臥龍堂(がりゅうどう)または南大島。

閬風亭(ろうふうてい)

渉成園のなかで一番広い広間。
明治天皇が休息された。
蘆菴(ろあん)

衝撃のモダン建築。白を基調にシンプルな直線と茶のアクセント、なんといっても丸く切り取られた窓のおしゃれ感半端ない。
二階建ての茶室。
園林堂(おんりんどう)

仏像を安置する建物。
右側の建物が滴翠軒(てきすいけん)。左側が手前は臨池亭(りんちてい)

臨池亭と滴翠軒は渡り廊下でとつながっている。
代笠席(だいりつせき)

煎茶用の茶室。
代笠席は”笠代わりに雨宿りする席”の意味だそうで、名の通り、腰かけて休めるようになっている。
亀の甲の井戸

茶室でお茶を入れる時につかう水を汲む井戸。
亀に似ている。
代笠席の生垣外側にある。
傍花閣(ぼうかかく)

なんとも、ユニークな建物。
ロボットのような、歩き出してくるような。
眺めていて飽きない。
機能としては門であり展望台とのこと。
印月池(いんげつち)にかかる。侵雪橋(しんせつきょう)

獅子吼(ししく)

印月池の水源の一つ。地下水からくみ上げた水。
石組の上からではなく、山腹から出ているとことが珍しい。
回棹廊(かいとうろう)

北大島への渡り廊下。中央部分が少し高くなっていて左右を広げてスペースをつくっている。
お客さんはここにたまって眺めたのだろう。
漱枕居(そうちんきょ)

池の一番向こうにある小さな建物だが、少し前めに位置していて存在感がある。
茶室。
源融ゆかりの塔

渉成園のある場所は、平安時代に源融(みなもとのとおる)の住まいだったという話もある。源融は源氏物語の主人公「光源氏」のモデルの1人といわれている。
その供養塔とされる石塔が源融ゆかりの塔。
南大島の東側の小島にある。
縮遠亭(しゅくえんてい)

北大島に建てられた茶室。
渉成園には御土居が通っていた
御土居は豊臣秀吉が京都中心部を防衛、水害対策のために築いた土塁と堀。

京都市情報館ウェブサイトより
秀吉の時代、御土居は渉成園の土地を通っていた。
ところが、徳川3代家光がこの土地を東本願寺に寄進した際、渉成園をよける形に改築した。
旧御土居が通っていたのは、北大島と臥龍堂を貫く線上。
つまり、渉成園の北大島と臥龍堂は旧御土居の跡である。

参考資料:原島広至『京都御土居散歩』学芸出版社