【大原 来迎院】魚山声明を良忍上人が確立

◎大原寺院群の中心の一つ。
◎声明の根本道場

創建:平安時代

大原 来迎院は大原寺院群の中心的寺院


京都大原は古くから朝廷とゆかりがあり、比叡山延暦寺の影響をうけてひらけた場所。
平安時代中期、藤原道長が権力をもち、源氏・平氏が台頭するなど、飢饉や戦で国は荒れていた。
その折、延暦寺の僧は俗化し、仏法守護を名目に武装し戦闘に従事するようにさえなっていた。

それに疑問を抱いた僧たちは、大原に移り修行に打ち込み、多くの寺院が建つようになった。
来迎院は1109年に建立された。およそ90年前に建立された中心的寺院である勝林院と合わせ、上院来迎院、下院勝林院として集落の中心となった。

良忍上人の魚山声明

来迎院は1109年、良忍上人(りょうにんしょうにん)によって建てられた。
良忍上人は伝わっていた声明を統一し、魚山(ぎょざん)声明を確立した。
魚山は中国の地名で、中国声明発祥の地。
これにちなんで、大原一帯を魚山いう。
魚山声明は天台声明の主流となっている。

声明とは

声明はお経に音曲をつけて歌うもの。
大原は声明発祥の地である。
平安時代に中国から伝わり、勝林院は天台声明発祥の寺、来迎院は天台声明の根本道場となっている。

声明の音階に、呂曲(りょきょく)、律曲(りつきょく)などがあり、これにちなんで、大原には呂川(りょせん)、律川(りつせん)と名づけられた川がある。

両川の上流には「音無滝(おとなしたき)」といわれる滝がある。
良忍上人の声明と滝の音が和音となり、滝音が消えたというエピソードよりそうよばれる。


国宝

天台宗祖師伝教大師度縁一巻
日本霊異記 中・下巻

重要文化財

薬師如来
釈迦如来
阿弥陀如来
ほか

宗派

天台宗

日本のおもな宗派

密教系天台宗
真言宗
浄土宗系浄土宗
浄土真宗
日蓮宗
禅宗系臨済宗
曹洞宗
黄檗宗

大原観光保勝会ホームページ

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