【壬生寺】新選組の訓練場

◎新選組が調練していた。
◎新選組局長・芹沢鴨の墓がある。
◎近藤勇、土方歳三の像がある。

ゆかりの人物:新選組
創建:平安時代

壬生寺と新選組

壬生寺(みぶでら)といえば新選組で有名。
新選組は壬生寺近くに宿泊しており、調練を壬生寺で行っていた。

新選組結成

幕末の1863年、京に滞在する徳川将軍の警護にあたるため、その任務に応じた江戸の浪士(主君をもたない武士)が京都・壬生に入った。
壬生の浪士ということで「ミブロー」とよばれていた。
この浪士の一部が、警護の働きを認められ京都守護職・松平容保の下部組織に入ることになった。
これが新選組だ。

新選組の駐屯所 八木邸、前川邸

新選組は壬生寺のすぐ近くの八木邸、前川邸などを宿泊所としていた。

八木邸


隊士らは壬生寺の境内で武芸を磨き大砲の訓練を行うなどしていた。

本堂

百度石


壬生寺の参道に建てられていたもの。
「車通るべからず」と記されていたが、新選組は無視して馬車で乗り入れていた。

壬生塚


敷地内には壬生塚という一角があり、新選組やその遺族らによって建てられた墓がある。

芹沢鴨、平山五郎の墓

河合 耆三郎の墓


勘定方。帳簿で不始末を起こし、処刑されたといわれる。

合祀墓

阿比原 栄三郎:副長助勤。病死したとも暗殺されたとも言われている。
田中 伊織
野口 健司:副長助勤。芹沢鴨らの水戸派の人物。新選組の隊規違反の罪で、前川邸で切腹死。
奥沢 栄助:池田屋騒動で討死したといわれている。
安藤 早太郎:副長助勤。池田屋騒動で負傷し、死去したといわれている。
新田 革左衛門:平隊士。池田屋騒動で負傷し、死去したといわれている。
葛山 武八郎:伍長。新選組の隊規違反の罪で切腹死したといわれている。

近藤勇遺髪塔

後年に作られた近藤勇、土方歳三の胸像、新選組顕彰碑、三橋美智也氏の代表歌「あゝ新撰組」歌碑もある。

近藤勇胸像

土方歳三胸像

「あゝ新撰組」歌碑

壬生寺の本尊と行事

本尊は地蔵菩薩

壬生寺は平安時代の991年に創建された。
本尊の延命地蔵菩薩、水掛地蔵、夜啼き地蔵など多くの地蔵菩薩が祀られている。

1962(昭和37)年に本堂が全焼し、その時菩薩像も失われた。
現在の本尊は1970年に唐招提寺から移されたもの。

壬生狂言

鎌倉時代に円覚上人が狂言を創始し、現在も壬生大念仏狂言として親しまれている。
壬生狂言は仏の教えを説くもので、演者全員が仮面をつけ無言で演じる宗教劇として伝わっている。
春、秋、節分に公開上演される。
1976年に国の重要無形民俗文化財に指定された。

撫で牛

開運を信じてなでれば、幸運に恵まれるとされている。

壬生寺ホームページ

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